ニール×刹那前提のライル×刹那
根拠なくライルは性格悪めです。
誰も使ったことのないまっさらな部屋なのに懐かしさを感じる。自室とは部屋のつくりはシンメトリーであること以外は何も変わらない。前のトレミーともほとんど違わない。
ここはロックオンの部屋だ。
刹那はライルであるロックオンが部屋のあちこちを確かめて回るのをぼんやりと見ていた。
お世辞にも広くはないその部屋を見て回るには数分あれば十分だった。
ロックオンはほとんどなにも荷物を持ってきていなかった。大概の生活用品はそろっているはずで、足りないものがあるといわれてもすぐに手に入れることはできないのだが、一応聞いた。
「何か足りないものはあるか?」
「灰皿」
「禁煙だ」
「けちくさいな」
宇宙船の中が禁煙、火や煙は御法度なのは連邦成立前からの常識のはずだが、違ったのだろうか。それともこの男は宇宙に来るのが初めてだったろうか。
経歴からしてそれはありえないことに刹那は気付く。
「……本気で言ってるのか?」
「そんなに怒るなって、冗談だ」
冗談なのか疑わしいが、もしこの部屋が消火剤まみれになったとしてもロックオンの責任だ。
刹那は踵を返す。四年のうちにアルコホリックが悪化したスメラギが、協調性だとか二人部屋などと言い出さなかったことにとりあえず感謝した。
「ちょっと待てよ」
手を握られていた。布越しだというのに体温や握り方は同じなのが分かる。すぐに耐え切れなくなった刹那は、勢いよく振りほどいた。
「触るな」
振り返ると目が合った。ロックオンが少しだけ傷ついたような顔をしたのが思いのほか辛い。
「悪い」
触れていたのは一秒に満たない短い時間だったのに、冷静さを失う。目の前の男とあのロックオンとを混同しそうになる。
深く息を吐く。不要な力を抜くために経験的に身につけた方法だった。
「こっちこそ悪かった……それで?」
「歓迎会ひらいてくれとは言わないからさ、兄のことを少し教えてくれないか?」
予想できない要求ではなかったのにたじろぐ。逃げる方法を考えた。備え付けの端末に目が留まる。
「データーベースは自由に閲覧できる」
「そういうのじゃなくて」
困ったように笑う。断ろうとしたのに見覚えのある表情に捕らえられて、振り切って出て行くことはできなくなった。
自分から何かを話すのは苦手だった。何から話したらいいのか決めかねて沈黙したままの刹那を見かねたのか、ロックオンは様々なことを尋ね始めた。
質問を思いつくまでの速度は次第に遅くなっていき、沈黙がおちる時間が長くなる。椅子にもたれかかると、ロックオンは言った。
「ニールはここで慕われていたんだな。熱烈な歓迎だったしな」
艦橋でのことを示してるのだろう。帰還したのだと驚き、一転して失望したクルーの様子からそれを察するのは当然だった。
「俺と兄はそんなに似てるのか?」
刹那は頷く。
「それでも、少しぐらい違うところもあるだろ?」
悪役じみた眼帯をつけたロックオンと、このロックオンは確かに違っていた。どこが違うのか、漠然とした印象を言葉にするのは難しかった。
「……煙草は吸わなかった」
ロックオンがおかしそうに笑う。刹那も問われたのはそういう意味ではないと分かっていた。
「ああ、前からそうだったな。といっても六年も前のことだけど」
「一度も会ってないのか」
「突然連絡が取れなくなってそれきりだ」
あの面倒見の良さからすると、それは弟を守るためだったのだろう。ソレスタル・ビーイングに招き入れたことを知ったら悲しむだろうか。
「そういえば一度だけ、花を供えに行った時にすれ違った」
平坦な声で独り言のように呟いて、ロックオンはしばらく黙り込んでいた。
「ありがとな、また話相手になってくれ」
「……ああ」
刹那は椅子代わりにしていたベッドから立ち上がった。
気が緩むのを感じる。ドアに向かう途中でロックオンが小さく、もしかして、といったのが聞こえた。
「お前さ、ニールと付き合ってた?」
足が止まる。
振り返ると至近距離にロックオンがいた。足音に気付かなかった。顔を上げる。唇に柔らかいものを感じる。
不意打ちのキスだった。煙草の味がかすかに残っていた。
予備動作無しで殴りかかったというのに、ロックオンはひょいと避けた。白兵戦になれた人間の動き、深追いするのは危険だと感じる。
床を蹴って距離をとる。ドアを開けて廊下に出た。
「いつでも来いよ。高高度射撃のコツ教えてやるから、あと兄さんのこともな」
追いかけてはこなかった。
見たことのない笑みを浮かべたロックオンがひらひらと手を振って、次の瞬間にドアは閉まっていた。
部屋の並びは四年前と同じだった。刹那の部屋はロックオンの隣だった。
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