ロックオンは「ソレスタルビーイング有志一同」と書かれた紙袋をひっくり返した。スメラギが一体どんな手段を使ったのかは分からないが、少年とロックオンが朝食を食べ終わる頃にはプログラマのクリスティナが戸口に現れ、その袋を置いて、ついでにトレイと皿も回収していったのだった。
「……何考えてこんなもん」 ロックオンはフリフリのワンピースを摘み上げた。中身のほとんどはボーイッシュなTシャツやジャケットもしくは男物の子供服であったのだが、たまにおかしなものも入っていた。ワンピースとかミニスカートとか猫の着ぐるみパジャマとか。そういったものをより分けてから、ロックオンはベッドに座っている少年に声をかけた。 「どれか好きなのに着替えてこいよ」 少年は近くにあったTシャツとジーンズを選ぶと、着替えに行った。散らかした服はそのままでソファに座って雑誌をめくっていると、少年は程なく戻ってきた。大人ものの服を着ていたときと比べて随分マトモな格好に見える。 「さて、行くぞ」 どっこらしょ、と18歳にあるまじき台詞をもらしたロックオンはショックを受けたような顔をして立ち上がった。ここ一日で随分老けたのかもしれない。 「……どこに?」 「医務室だよ。今日中に健康診断を受けろって」 納得したのだろうか、ロックオンがドアを開けると少年はおとなしく廊下に出た。そろそろ見慣れてしまった自動小銃が少年の肩にかかっているのに改めて気付いたロックオンは、外に出るときだけでもデスクの中にある拳銃と交換してくれるよう頼んだら聞き入れてくれるだろうか、と真剣に悩んだ。 医務室と呼ばれているそこは、そこらの先進国の町医者より充実した設備を備えている。 まず自動小銃で受付を驚かせ、次に、どうやら医務室や健康診断といった言葉の意味を理解してなかったらしい少年は、診察を受けることをいやがった。連れてきたロックオンの方が途方にくれているうちに、こういう事態に慣れてるらしい医者が何とか少年を説き伏せたのだった。ちなみにその初老の医者にはロックオンも訓練中の怪我や風邪などで、何回かお世話になっている。 一時間ほどいくつかの検査室をはしごしたあと、二人は診察室に通された。少年はなんとも居心地悪そうに患者用の丸椅子に座り、ロックオンはその後ろに立っていた。 「もう何もしないよ」 医者は少年にそう言って、モニターに検査結果を呼び出した。 「要するに異常なし。沢山ご飯食べてよく遊んでたまには勉強してよく寝なさい」 「先生、もうちょっと詳しく説明してくれよ」 自分のことにはいつも無頓着なロックオンだが、今回に限ってさすがに説明を求めると医者は苦笑した。 「感染症はなし、薬物反応もなし、CTも心電図も異常なし、だ。ただまあ貧血気味で栄養状態があんまりよくないから食事は三食好き嫌いせずに食べるように。サプリメントを処方するほどじゃないがね、このぐらいでいいかな」 少年は相変わらずの無表情、ロックオンは殊勝にうなずく。これ以上こまごまとした数値を説明されても右から左へ聞き流すだけである。 「それから来週あたり予防接種につれてくること」 医者がカルテに書き込みながら付け加えた言葉にロックオンはめんどくさそうな表情を浮かべた。 「今日じゃ駄目か?」 「体力がないうちは駄目だよ」 呆れた顔で医者が言うと、ロックオンは諦めたようだった。 「わかりました、それじゃあどうも。ほら、行くぞ」 促すと少年は素早く立ち上がって逃げるようにドアに向かった。ロックオンは医者に軽く頭を下げて診察室を出た。 短い通路を通ると、待合室にはまばらに人がいた。その中にツナギ姿のアレルヤが混じっているのをロックオンは見つけた。 「どうしたんだ」 後ろから声をかけられてアレルヤは少し驚いたようだった。 「手、切った」 肩越しに覗き込んでみるとアレルヤは左の手のひらを赤く染まったガーゼで押さえていた。 「工具箱からレンチを探してるときに。刃がちゃんとしまわれてないカッターナイフがあって結構深くやっちゃった」 「うわ、ひでーな」 アレルヤは肩をすくめる。 「大丈夫かなと思ったけど、まわりがうるさくて」 整備士の真似事もしているアレルヤは本職の整備士達から弟のように可愛がられている。多少過保護ぎみなくらいだ。医務室に行けと騒いでいる様子がロックオンにも想像できた。 「俺でも縫ったほうがいいとおもうぞ、それは」 いまだに血が止まっていない様子を見てロックオンはそう言った。 「そうかな。でロックオンはどうしたの?」 「こいつの付き添い」 おとなしくロックオンを待っている少年を目線で示す。 「ああ、昨日の。僕はアレルヤ・ハプティズム、どこか怪我してるの?」 無言の少年の変わりにロックオンが答える。 「ただの検査。異常なしのお墨付きをもらったところだ」 アレルヤは少年の方を見て笑顔を浮かべた。目つきが悪いと言われがちなアレルヤだが、笑うとその性格どおり優しそうに見える。 「よかった。君に神のご加護がありますように」 ロックオンは息を呑み、言ってしまったアレルヤも顔色を変えた。 少年は手品のように弾倉をポケットから取り出す。無駄のない動作で、構えるのと装填するのを同時にやった。アレルヤの眉間に銃口を向ける。耳障りな金属音は初弾が装填されたことを警告する。 アレルヤを含む全員が体を凍りつかせた。次の瞬間にはアレルヤとロックオン以外は伏せていた。 無表情に浮かぶ狂気のような怒り、小刻みに揺れる肩、震える指先。 無理矢理ロックオンは抑揚のない声を喉から絞り出した。 「……銃を、降ろせ」 「……うるさい」 拒絶の声、すがるような目。 安全装置が外される。人差し指が震えながら、引き金に触れる。 色々な感情がごちゃ混ぜになった無表情が、泣きそうに歪む。 「……神なんて、いないっ!」 銃口を下げて、少年は医務室を飛び出した。三秒遅れてロックオンは追いかける。 残されたアレルヤは腰を抜かしてしまって動けなかった。 PR 2007/10/24(Wed) 21:38:52
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