一話はココから
冷蔵庫を開けると見事にビールとつまみしかなかった。食堂はとうに閉店時間は過ぎていて、そうでなくても今は連れて行けるような精神状態ではなさそうだ。24時間営業の売店ならあるにはあるが、少年を残して買い物に行くには不安があった。しばらく考えるとロックオンはアレルヤに電話した。たまに電波と会話していることもあるが、こういうときにはとても頼りになる。 コール三回でアレルヤの電話は繋がった。 「こんな時間にどうしたんだ、ロックオン?」 「もしかして寝てたか?」 「いや、まだしばらく起きてるつもりだったけど」 「そりゃよかった、ちょっと頼みがある」 「切羽詰ってるね、僕にできることなら力になるよ」 「助かった。あのマイスター様にガキを一人押し付けられた。何か食い物買ってきてくれないか?」 「いいよ、そういうことなら請求は彼に回しておこう」 「頼んだぜ」 一息分置いて電話は切れた。ロックオンはソファの上に積みあがった洗濯物の中から適当に自分の服を選んで着替えると、次にクローゼットを開けた。 「こんなもんか」 ロックオンにとっては小さめのTシャツとハーフパンツ、新品の下着と使っていないサンダル、タオルケットを引っ張り出してベッドに投げ出す。続いてソファの上の洗濯物を適当にクローゼットに押し込んで、ドアを閉めた。 適当に部屋の掃除をしていると、インターホンが来客を告げた。 ロックオンはドアを開ける。 「早かったな」 アレルヤは袋を掲げると、にこりと笑って見せた。 「昨日買いすぎたんだ。それじゃあ僕は退散するよ」 「なんでだ、顔ぐらい見てけよ」 正直一人で相手するのはつらい、とロックオンは思う。 「知らない人が二人もいたら嫌だろ。それに僕の口癖は危ないからね、クルジスの子だろう?」 「あ」 「ハレルヤ、そのとおり」 「しょうがねーな。アレルヤ、ありがとう」 「じゃあまた明日」 なんとなく釈然としないものを感じたが、自室で宗教戦争が勃発するのは困る。預かった袋の中身を冷蔵庫に移し変えているうちに、バスルームのドアが開く音がした。ロックオンがかき集めておいた服を持っていくと、少年は半開きのドアから頭だけ出してきょろきょろと辺りをうかがっていた。 「ほら」 ロックオンが服を差し出すと、それをひったくるように掴んでバスルームの中に姿を消した。男同士だからいいじゃないか、と言いかけたロックオンだが、もしかしたら人に裸を見せることはタブーなのかもと思い至る。ロックオンも作戦に関わっていたので地形や兵力、政治的な背景とか力関係といったことは知っている。しかし少年のいた組織がどのくらい戒律に厳しかったのかは分からない。面倒な話だった。 だぶだぶのTシャツとハーフパンツ姿でバスルームから出てきた少年は、相変わらず自動小銃を肩にかけていた。ただ、この部屋に連れてこられたときほどの殺気は感じない。どちらかといえば、念のためもしくは習慣という様子だ。髪の毛からはボディーソープの匂いがするが、そのくらいは許容範囲内だろう。 「俺はもう夕飯食ったから、全部食べてもいいぜ」 ロックオンはミネラルウォーターのボトルを開けた。さすがに今晩は酔っ払う気にはなれなかった。ローテーブルを挟んで向かい側に座る少年はどれから手をつけていいのか決めあぐねているようだ。パンが数種類とサンドイッチ、カップヌードルやサラダや栄養補助食品のゼリー飲料、チョコレートバーにヨーグルト、菓子もいくつかあった。ロックオンがまさか包装容器の開け方が分からないのかと心配し始める頃、ようやくサンドイッチを手に取りビニールを破った。中身を一つ手にとって、ロックオンをじっと見つめる。 「腹減ってんだろ? 食えよ、後から金請求したりしねーよ」 もどかしい、とロックオンは自棄になって手の中のボトルをあおる。が、中身はただの水だ。残念ながらアルコールではない。 ロックオンの言葉を聞いて、少年はサンドイッチに口をつけた。それからは早かった。体に悪いんじゃないかという速度で片っ端から手をつける。ロックオンが呆然としているうちに少年はほとんど全てを食べ終わり、最後に残ったヌードルをすすっていた。その間10分はかかっていない。 スープを最後の一滴まで飲み干して、手首を口にこすりつける。 「……ごちそうさま…でした」 「ん、ああ、腹膨れたか?」 少年はこくんとうなずいた。それは随分子供らしい仕草で、ロックオンの顔に自然と笑みがこぼれた。 「よかったな」 もたれかかっていたソファから身を起こして、ロックオンはテーブルの上を片付け始めた。ぎこちない様子で少年も手伝い始める。ゴミを一袋にまとめて部屋の隅に投げる。 ロックオンは少年の肩に食い込むベルトを見ると、意を決して言った。 「なぁ、せめて弾倉だけでも外してくれないか?」 部屋の空気が一変した。多少なりとも少年の警戒は解けつつあったのだが、元の木阿弥だ。 だがロックオンにとって、最大譲歩できる条件がそこだ。本当なら取り上げて分解して鍵かけてしまっておきたい。 肩のバンドを握り締めて、少年は探るような目つきのままロックオンを睨みつけている。 「絶対取り上げたりしない、弾倉もお前がもっていていい。約束する」 少年は肩から自動小銃をおろすと、体の前で抱えた。 どのくらいの時間が経ったのか、先に視線を外したのは少年のほうだった。銃身に手をやると、ボタンを押して弾倉を外した。しばらく手の中でもてあそんだ後、ハーフパンツのポケットに無造作に突っこんだ。そしてチェンバーが空であることをロックオンに見せる。 ロックオンは大きく息を吐いた。 「それでいい」 少年は自動小銃を肩にかけなおす。 緊張が解けたせいか、強い眠気を感じてあくびをかみ殺したロックオンは時計を見た。すでに真夜中は過ぎていた。ロックオンは立ち上がり、ベッドの上に出してあったタオルケットを丸めて投げる。ぼすっと軽い音を立ててタオルケットは少年の腕の中に納まった。 「俺は寝る、ベッドは渡さねーぞ。ソファ使え」 思えばハードな一日だったのだ。ガンダムが動くということは、ソレスタルビーイング全体がひっくり返したような騒ぎになる。慢性人手不足なこの組織では、次期マイスター候補とされているロックオンたちも例外ではない。 「それ電気のスイッチな」 照明のリモコンを少年に渡す。困惑している少年のことなどお構いなしに、ロックオンはいそいそとベッドにもぐりこむと三秒で寝息を立て始めた。 PR 2007/10/16(Tue) 17:46:08
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