「日替わり一つ、と刹那は…」
「同じ」
ここの食堂の昼と夜のメニューは充実しているが、ロックオンは日替わりのセットを選ぶ。その習慣は刹那がついて回るようになっても変わらず、刹那もロックオンと同じものを注文していた。メニューが読めないのに加えて、食習慣そのものが違っていたので説明しても選びようがないらしい。
いつもならそれで問題ないのだが、張り出してあるメニューを見てロックオンは顔を曇らせた。
「日替わりランチ二つね?」
カウンター越しに食堂のおばちゃんが確認するのをロックオンはさえぎった。
「待ってください、別のにしろよメインがポークソテーだ。食べれるのか?」
刹那は目を瞬かせ、首を振る。
「だよなぁ。鳥ならいいだろ?」
瞬間悩んで刹那が頷きかけたときだった。
「なんだお前豚肉きらいなのか?」
後ろから口を突っ込んでくるやつがいた。スラックスに白いポロシャツの兵装開発担当イアン・ヴァスティだ。
「よお、ロックオン。こいつが噂の隠し子か」
「オッサン臭いこと言わないでください」
「それは無理だな。あーそれからなぁ、ガキ甘やかすのも大概にしとけ。しつけは最初が肝心だ」
「…は?」
「お前も、好き嫌いすると大きくなれないぞ」
事情を知っているのかどうかは分からないが、技術者はこういうところで無神経だ。そんなことを言ったら食べられなくても食べると言い張るのが目に見えている。
「それで、君達どうするの?」
先にイアンにAランチを渡してから、おばちゃんが再度尋ねた。
「日替わり」
「やめとけよ」
刹那は黙り込む。
「刹那、やめとけって、な?」
反応はない。
そろそろおばちゃんや後ろに並ぶ人たちの視線が痛い。予想通りのかたくなな反応にロックオンはため息をついて、仕方なしに日替わりランチを二つ注文した。
テーブルについてから30分が経った。ロックオンのトレイのなかはほぼ空で、氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーが残っているだけだ。刹那のトレイは全く減っていない。フォーク片手にポークソテーを睨みつけながら、固まったままでいる。いわんこっちゃない。
指先でストローをまわすと、氷がカラカラと音を立てる。サラダは水気がなくなってきているし、おいしそうな湯気を上げていたメインやスープはきっとすっかり冷めてしまっている。食べられるものから食べたら、という提案は無言で却下された。
しかしこのままにしておくわけにはいかない。午後からはアレルヤに教官役を頼まれている。どういうわけだがデータを取るとスメラギも参加するためサボれない。しかし刹那を食堂に残しておいたら夕食の時間になってもここにいるような気がする。
コーヒーを飲み干すとロックオンは立ち上がった。気配にさといはずの刹那は気付かなかった。
数分後、戻ってきたロックオンがポークソテーの皿を取り上げると、刹那は顔を上げた。
「そう怖い顔するな。食べないなら貰う」
手にしていた代わりの皿をトレイに置いた。
椅子を引いて座る。フォークで適当に切り分けてかぶりつくと、冷めてはいるが不味くはない。
「食べ物の好き嫌いぐらいあっていいんじゃないかと俺は思うけど」
できるだけさりげなさを装ってロックオンは言った。
刹那はフォークをスプーンに持ち替えてちらりとロックオンを見ると、スプーンをクリームシチューに入れた。
シチューの中身は玉ねぎと人参とジャガイモと鶏肉で、夕食で一度食べたことがあるから問題ないはずだ。甘すぎるのだろうか、と考え込みながら無意識でフォークを口に運ぶ。
ロックオンがぼんやりしているうちに刹那は食事を終えていた。
「それ」
取り上げたほうの皿を刹那はじっと見ている。
皿を持ち上げると、刹那に差し出した。
「やっぱり食べてみるってそんなわけ…」
刹那は腕を伸ばすと最後の一切れにフォークを突き刺した。しばらく逡巡した後、それを口の中に入れた。
軽く眉を寄せながら咀嚼して、ひやひやしているうちに飲み込んでしまった。
「……どう?」
「普通」
「そっか」
強がりではなく本当になんともない様子でロックオンは拍子抜けして椅子の背もたれにもたれかかった。時計が目に入った。
「ヤバイ遅刻する、いそぐからな」
刹那は頷いた。
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